亜鉛
アエンアエン!!
亜鉛(あえん、Zinc)は原子番号 30の元素。元素記号は Zn。
亜鉛族元素の一つ。安定な結晶構造は、六方最密充填構造 (HCP) の金属。融点は摂氏 419.5°C。常温では脆いが、摂氏約 110℃?150℃の範囲のみで展性、延性に富むようになる。酸やアルカリに溶ける。遊離して産出するのではなく、地殻中の、硫化亜鉛を主成分とする閃亜鉛鉱から得られる。亜鉛の沸点は同族のカドミウム、水銀と同様に低く、907℃である。木炭などで還元すると昇華してしまい煙突の先端で空気中の酸素と反応し酸化物になる。この場合、鉱石を還元した煙を冷却しなければ単体は得られない。
亜鉛は少なくとも紀元前4000年から銅との合金である真鍮として用いられて来た。古代ギリシア人はキプロス産の亜鉛化合物について記述している。ローマ征服前のダキア人(現在のルーマニア)は紀元前から金属亜鉛精錬技術に通じていた。ダキア以前に金属亜鉛を得た民族は見つかっていない。ダキア以外のヨーロッパで金属亜鉛を精錬するようになったのは産業革命が始まってからである。
ダキア人とは独立にインドでも亜鉛精錬技術が発見されている。12世紀にウールを還元剤として金属亜鉛を得ていた。12世紀から16世紀までに100万トン以上の亜鉛を製造したと考えられている。インドの技術は中国に渡り、16世紀には中国でも亜鉛生産が始まっている。
ヨーロッパ人として金属亜鉛に初めて接したのはポルトガル人だった。ポルトガル人は亜鉛の重要性に気づいておらず、ポルトガル商船を拿捕したオランダ人によってヨーロッパに金属亜鉛が持ち込まれた。1620年にはヨーロッパで東洋起源の金属亜鉛の販売が始まった。1737年に、中国から亜鉛精錬技術がイギリスに伝わる。1743年、ヨーロッパ初の亜鉛工場が港湾都市ブリストルに建設された。年間生産量は200トンである。同年スウェーデン人のアントン・フォン・シュワープが炭酸亜鉛から亜鉛を蒸留分離することに成功、硫化亜鉛からも抽出できた。これはイギリス人の製法とは独立である。1746年、ドイツ人アンドレアス・マルクグラーフは他の2国とは独立に金属亜鉛を得る。コークスと酸化亜鉛を加熱する際、空気を断つことが成功につながった。結局、マルクグラーフの手法が金属亜鉛の大規模生産へとつながっていく。このため、マルクグラーフこそが亜鉛の発見者であると位置づけられることがある。
融解した亜鉛に鉄板を浸すとトタンになる(→トタン板)。犠牲電極としての亜鉛めっきの他、真鍮や洋銀などの合金材料、乾電池の陰極板などに利用される。ダイカストの地金には亜鉛合金が広く用いられている。また、亜鉛の蒸気を酸素と反応させることにより、亜鉛華と呼ばれる白色粉末が得られ、これを顔料、医薬品、化粧品などとして用いる。また、近年においては透明薄膜トランジスタの伝導膜として酸化亜鉛が注目を集めている。
(以上、ウィキペディアより引用)
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